だけど、問題に気付けることはいいことなのかもね。
例えば、これから起こるかもしれない問題を先回りして
取り除いてくれる誰かがいたとしたら、
楽だしありがたいけど、きっと私は問題にも気付かないと思う。
先のことを想像して、問題が起こらないようにすることは大事。
問題が起こったときどうするかということも考えておく必要はある。
だけど、例えば優しさだけで、他人の問題を取り除いてしまうのはよくないと私は思う。
自分の部下とか、子供に対しても同じじゃないかな?
すべてを取り除いてしまったら、問題に気付く機会を奪うことになるし、
問題を解決する機会も奪うことになる。
更には、問題がもたらす精神的苦痛にたえる機会も奪うことになってしまう。
問題があることで、それを解決するために必要なことを考える。
大事なのは、自分の頭で考えること。
だから、解決するヒントを教えることはあっても、答えは自分で導き出させた方がいい。それも優しさ。
私は、問題だらけだし、分からないことだらけ。
分からないことはたくさんあるけれど、小さな「わかる」をひとつひとつ拾い集めて、
こっちかな?あっちかな?とか、
こういうやり方がいいかな?別のやり方がいいかな?
と、考えながら山を登っている感覚。
で、困ったら誰かに道順を教えてもらったり、背中を押してもらったり。
運が良ければリフトに乗せてもらって、ビューンと上まで行けちゃうこともあるかもしれない。(笑)
頂上に着いたら、その物事を見渡せるようになる。視野が広がる。
振り返る過去ができると、歩んできた道のりを知ることができる。
後になって分かることがある。後にならないと分からないこともある。
乗り越えたからこそ見えることがある。
だから、考えながら一歩一歩登っていくしかないよね。
ちなみに、私は登山の経験はないし、やりたいとも思わないけど。(笑)