2015年5月28日木曜日

責任とはなにか?

ところで、「責任」とは一体何だろう?

よく耳にする言葉で言えば、責任感、責任能力、責任者、自己責任、監督責任などがある。
責任にも様々な形がありそうだ。
子供をもてば親の責任というのもがあるし、 飲食店であれば店長の責任というものがあり、
会社でいえば、最終的に責任を負うのは組織のトップである社長となる。
じゃあ社員には一切の責任はないのかというと、そうでもない。
実際問題、最終的に責任を負うのは社長ではあるが、任された仕事をやる責任というものが発生する。任務といった方が適切かもしれないが。
また、役割によっても責任の重さは変わるだろう。

責任というのは、すべての結果の責任を取ることだけれど、結果の責任を取ることだけではないと思う。
なぜならば、結果というのは、能力があっても、努力をしたとしても、周りの状況によって報われないこともあるから。

責任というのは、自分で決める覚悟や、その決断に自分で責任を持つことだと思う。
その責任において、「ベスト」を尽くすという宣言というか、覚悟というか。
だから、「本人が決めたこと」に対して責任を取るのだ。

なんで突然こんなことを書いたのかというと、先ほど、父VS兄と私で父の仕事の話でバトルをしたから。(笑)
トップという立場は大変で、次々と問題が起こるし、こんなにやっているのに何で伝わらないんだろう?とう所があったり、性格もあるけど悩みも多そうで。
分かるんだけどね。でも、それは違うんじゃない?って思ったことを夜中に議論しました。
その中で、「責任」という言葉をやたら使っていたから、じゃあ責任の定義ってなんなのさ?って考えてみたのです。

「責任」と一言で言うのは簡単だけど、人に責任感を持たせることは簡単じゃない。
上の立場になればなるほど、責任は重くなるが、それは、その立場において、その人の能力において、受け取っている報酬において、果たして当然だと思われているから。

私の責任は、"自分しかいない"というところから生まれている。
だから、やるしかない!という覚悟を自然と持つことができるのだと思う。
でもその背景には、父や家族の存在があり、私を支えてくれる人たちがいる。
その存在が、信じて前に進む勇気をくれていると強く感じる。

だから、自分を支えてくれたり、守ってくれる人がいるなら、責任を取ってくれる人がいるのなら、
失敗したっていいから、どんどんやっちゃえ!と思うのだ。(笑)



erica



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